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<前世のお話>前世からの気付き

前世からもらった恋愛への気付き


私も前世療法を何度も受けたことがありますが、今日はそのうちの一つについてお話ししたいと思います。
ヒプノセラピーを学んでいる時に、学びの一環として前世療法の体験をした時のこと、この時は「素敵な人と出会って恋愛や結婚がしたい」とすごく思っていました。
「早く良い人と出会えるような体験がしたい」と、セラピストに前世療法で体験するテーマを選んでもらいました。



その時に体験した前世には、当時、実際に大好きだった人が出てきました。
でも、熊のような身なりで森の中に住んでおり、荒々しい人でした。
私はというと、「素敵な体験でもできたらいいな~」なんていう幻想は吹っ飛び、やはり森の中で自然の中で逞しく生きている女性でした。
この前世では、ひたすら現実と向き合い、過酷な環境で生きていく場面が繰り返し出てきました。
その当時の私が夢見ていたような、胸ときめく恋心も華やかな生活も一切なしです。



前世体験が終わって、はたと気付いたことは、自分が夢見る夢子ちゃんだったということです。
恋と結婚に憧れているだけで、人を勝手に「恋愛対象じゃない」と判断し、出会った人を大切にしていないことに恥ずかしながら気付かされました。



前世を体験して、直接「~しなさい」という答えをもらった訳ではありません。
でも、この体験は、恋愛だの結婚だのと言う前に、私の色眼鏡を外してくれた貴重な経験となりました。



恋愛に限らず、前世療法からは様々な気付きをもらってきました。
またご紹介できたらと思います。



**クライアント様からご感想をいただきました**


藤井先生

昨日はありがとうございました。
久しぶりにお会いできて楽しかったです。

体験会では数週間前から姿を見せていたローマ兵の男性がまさかの自分の前世だったとは…と驚きました。
最近の悩み、と言いますか問題が人に対して許せないことがある、というものでした。
このジャッジは日々の生活で感情の起伏を生んでいました。
ローマ帝国時代に大勢の命を奪い、大勢の幼い子供の人生を奪ってきた魂は、その千年後に今度は逆の立場になりました。
中世での人生は幼い頃に家族と引き離されて鳥かごの中で人形のように生きました。
人の人生をめちゃくちゃにして許せないと思っていた怒りは、自分自身に向けてだったのだと気付きました。
日々おこる様々な許せないことは、自分の核から生まれる感情なのだと分かりました。
今度似たような場面が出てきたら、1度冷静になって自分を省みることにします。
先生がおっしゃった「生まれながらにすごい才能がある」というのはとても嬉しい言葉でした。
ありがとうございます。
自分を認めることが苦手なので意外な言葉でした・ω・
自分を認めることも大切なのだと学びました。

いつも有意義なお時間をありがとうございます。



I様、ご体験のシェアをありがとうございました。
前世療法は、単発のメニューの他、キャンペーン月1エステセラピーでお得にご体験頂けます。


ヒプノセラピーサロンフェイス 藤井裕子


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潜在意識活用に知っておきたい暗示の法則(3)

なぜ上達するのか

集中の法則、反作用の法則と2つの法則をお伝えしてきましたが、今回は最終回です。
集中の法則では、ある考えに集中するとその考えは実現する傾向にあることや、繰り返しで定着することをお話ししました。



例えばバスケットボールの練習で、シュートできるようになりたいと思いながら繰り返しシュートの練習をしていると、だんだんボールが狙い通りに飛ぶようになりますよね。
でも、最初は全くシュートできなくて下手だったとします。
なぜ、繰り返せば繰り返すほど、下手が定着せずに、どんどん上達していくのでしょうか。
ここで働くのが、優勢の法則です。




暗示を高める力とは

シュートが出来るようになりたいと懸命になっている時、目的達成への強い熱意を持っています。
熱意のような強い感情は、暗示と同時に体験した時に、暗示の効果を高めます。
それまで古い暗示を持っていたとしても、それを上書きする効果が生まれます。
だから、最初は下手だったシュートも、「昨日より少し上達したこと」が上書きされていき、どんどん上達していきます。



集中の法則も優勢の法則も、同じ暗示の法則ですが、強い感情を同時に経験した時には、集中の法則よりも優勢の法則が優先するんですね。
「~なりたい」「絶対~ができるようになる」といった強い気持ちと、繰り返しがタッグを組むと、結果に結びつく、と覚えておくと、お仕事や趣味など様々な場面で潜在意識を活用できると思います。



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潜在意識活用に知っておきたい暗示の法則(2)

出来ないと思いながらやると出来ない?


前回に続き、今日は暗示の法則その2です。
「できないかも、どうしよう~」
と思っていると、実際に出来なかったという経験はありませんか。
更には、「今日もできなかった」ということが何度も続いて、今になっても出来ないことがあるかもしれません。



これは反作用の法則が働いてしまっています。
出来ないことに限らず、怖いと思いながらやっているとますます怖くなる、緊張すると思っているとますます緊張する、というように、様々な悩みと関係する法則です。



反作用の法則とは、出来ない(怖い、緊張する)と思いながらやっていると、その習慣が強化されてしまうというものです。



解決の方法は、意外で簡単

「できない~」と思いながらやると出来なくて、やればやるほど習慣が強化されてしまうと書きましたが、出来るようになるヒントもここにあります。
「出来る」と思いながらやること。



そうは言っても、「出来ないからできないと思うのよ」と考えてしまう時には、知識として潜在意識の特徴を覚えておくと、すんなりそう思えます。
理性と潜在意識が戦った時、必ず潜在意識が勝ちます。
だから、「できない」と理性で思った時、想像力という潜在意識の力で「私は出来ている」と思うとそちらが勝つんだ、と知っておくと、「私はできている、私はできている、できた~!」となりそうではないですか。



何でも簡単そうにできてしまっている人は、出来てもいないのに良い意味で楽観的で「出来る!」と思っている人が多いと思いませんか。
「私は出来ている」と思い込んで、潜在意識を上手に活用し、苦手なことも楽しいことに変えてしまいましょう。



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潜在意識活用に知っておきたい暗示の法則(1)

コマーシャルを見ただけで暗示にかかっていた

「カレーのコマーシャルを見ていたら、カレーが食べたくなっちゃった。」
ということはありませんか。そんな経験があるあなたは、知らぬ間に暗示にかかっていたことになります。



多くの人に~させたい、という意図があるコマーシャルでは、暗示効果がよく使われます。
印象的な音楽を流す、耳に残るキャッチフレーズ、繰り返し宣伝する、とここに書いただけでも、「そういえば」と思い当たるものがあるのではないでしょうか。



集中の法則

3つある暗示の法則のうちの一つが集中の法則です。
ある考えに集中すると、その考えは実現する傾向がある、というものです。



コマーシャルで言えば、耳に残る音楽、キャッチフレーズに乗って、五感を刺激する美味しそうな画面を繰り返し見ているうちに、思考がそちらへ向かい、「その商品を食べたい、買いたい」という実際の行動に繋がるという訳です。
また、繰り返されることで潜在意識に定着するので、音楽やキャッチフレーズによって、カレーと言えば○○社の○○カレー、と刷り込まれていきます。



集中の法則を自分に活用しよう

潜在意識を活用したい時、ぜひ集中の法則を活用してみましょう。
簡単に「繰り返しで定着する」と覚えておけば良いと思います。



私は、何か難しそうなことがある時に、「繰り返せば定着するのだから」と、最初はどんなにできなくても、ただ続けることを心掛けています。
すると(暗示の法則のうち、後にご紹介する別の力も働きますが)本当にできるようになるんです。
また、旅行に行きたいなと思っている時には、パンフレットや本、インターネットを見ていると、考えはどんどん実現方向へ進んでいきます。



潜在意識や、潜在意識に働きかける暗示のことを知識として知っているだけで、潜在能力はどんどん使えるようになっていきます。
そういった意味で、プロ養成ヒプノセラピスト講座は、セラピストにならない方にもお勧めです。
1回お試し講座もありますので、お気軽にご利用くださいね。



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潜在意識にやる気を起こさせる方法

これが他のことに活用できれば

アタックNo.1というアニメをご存じですか。
随分昔にテレビでやっていた人気アニメです。
バレーボールというものすら知らなかったくらい小さい頃だったのですが、女の子たちは皆夢中になり、真似をしてバレーボール(らしき)遊びで盛り上がりました。
アニメで出てくるようなスーパーサーブを何度練習したことか!



夢中になった時の力ってすごいですよね。
もっと知りたくなるし、もっと練習したくなるし、集中力の高さも目を見張る程です。



好きだからやりたい!楽しいからやりたい!こんな時、潜在意識がフル活用されていて、目を見張る速さで知識を吸収し、上達し、驚くべきものを生み出します。



前向きな力は潜在意識のエネルギー

暇さえあればバレーボールをやりたかったあの頃のように、毎日のちょっと気乗りしないことにも潜在意識を活用できたら、やる気に満ち溢れた人になれそうですよね。
「好き、楽しい」といった前向きな気持ちは、潜在意識を動かす絶大な力です。



でも…
毎日行うことが、すべて「好き、楽しい」ことだけな人、というのはごく僅かかもしれません。
それが好きではないし、楽しくもないけれども、何かの理由のためにやらなければならないこともありますよね。
好きではないし、楽しくないから、やる気も起きない、というパターンが多いかと思います。



そのような時の解決法は、まず、それ自体が好きで楽しくできるのかどうか考えてみる。もしそれが難しいのであれば、それを行う意義に楽しさを見出すのも手。
例えば、仕事が楽しくなくてやる気が起きないという時、まずは仕事を楽しくできないのかどうかを考えてみる(意見を伝える、部署異動、転職など)。それが難しい場合には、「家族と楽しく暮らすため、好きなことができたり安心して生活したりできるようにするため」など、楽しい意義を探してみるといった具合です。



月1エステセラピーでは、心のコンサルティングをしていきますのでどんなに小さなことでもご相談くださいね。



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<前世のお話>ある人への嫌悪感がどこから来るのか知りたい

とても優しくしてくれるのに、初めて会った時から嫌悪感

結婚してから、旦那さんの親族に対して嫌悪感を抱いてしまうというクライアント様がいらっしゃいました。
「親族は皆、優しくてとても良くしてくれるのに、子どもを預かりたいと言われたりするとすごく嫌で、嫌悪感を抱きます。
あまり人に対して嫌悪感を持ったことはないので、この嫌悪感がどこから来るのか自分でも分からないのです。」
と前世療法をお受けになりました。
親族と会う機会も多く、結婚生活はうまく行っているのにストレスのもとになっているとのことでした。



前世療法直後にこんなご感想をいただきました。
「とてもつらい人生を見ました。
思い出したくない自分と思い出したくない自分がいて、ぼんやりとしか見えなかったですが、重く苦しい気持ちになり、涙が出ました。
その人生はとても辛いものでしたが、その分、今の自分がどれ程幸せで恵まれているのかを実感しました。
今は人に優しくしたい気持ちでいっぱいです。
最後にほんの少し見えた明るい未来を信じて、頑張りたいと思います。
貴重な時間と体験を本当にありがとうございました。
今度は楽しい過去を見に来たいと思います。」



そして前世療法から1か月半後、メールをいただきました。
「あんなに嫌悪感を抱いていた親戚に対して、優しい気持ちになっている自分に驚きました。
前世でしがらみがあり、お互い辛い目にあったからこそ、今の、人を大切にしたいという気持ちに繋がっているのだと思います。
私も自然と感謝の気持ちが生まれ、良好な関係となっています。
本当にありがとうございました。」




体験した前世とは

クライアント様が体験した前世は、100~200年くらい前の日本での人生でした。
「私は家が貧しくて、実家では育てることができず、親戚の家に預けられています。
前世で預けられた親戚は、今の旦那の親戚です。
親戚の家も、子だくさんで生活は苦しいです。
私だけがよその子で、たくさん働かされています。
『うちも苦しいのに』と、しょっちゅう文句を言われ、友だちもおらず、辛い毎日です。
やがて、奉公に出され、朝から晩まで働かされています。年頃になり、奉公先で出会った人との間に子どもが生まれますが、正式に結婚しておらず苦しい毎日です。
子どもの父親はだらしがない人で、最初は養ってくれていましたが、だんだん家に帰らなくなりました。
ある日、子どもの父親に子どもを預けて私が町への用事から帰ってくると、子どもがいなくなっていました。
私の育ての親である親戚に、子どもを売ったと言うのです。
親戚には子どもがたくさんいましたが、流行り病で後継ぎがいなくなっていました。
私は何度も取り返しに行きますが、会わせてもらえず、子どもの父親もそれきりどこかへ行ってしまいました。
生きる希望をなくし絶望しています。
この人生では、人、環境といった境遇に翻弄され、一番大切な子どもを失ってしまいました。
親戚が私を通さず、子どもの父親とやりとりをしたこと、勝手に連れていったことを恨んでいました。
でも、心情を抜きにして前世を客観的に見た時、この時代、男性がすべての物事を決める絶対的な存在であり、相当なお金が支払われていたことから、全うなやりとりではあったとは思います。
私も苦労し、辛いことだらけでしたが、親戚たちも苦しい生活の中で他人の子を育て、自分の子どもを次々と亡くし、辛い道を歩んでいました。
今世では、私自身のことや、私と子どもの関係を尊重してくれていること、その上で子どもを可愛がってくれようとしてくれていることは、素直に受け入れてもいいのだと感じました。」



*ご感想は掲載許可を頂きました。プライバシー保護のため、脚色しています。



クライアント様の嫌悪感のように、自分でもよく分からない気持ちがある時、もしかしたら前世からの思いかもしれません。

この内容には:前世療法→


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<自己暗示>壊れたままの電化製品を修理に出した時に使った暗示

そんなに困らないものはつい後回しに

CDデッキにCDを入れても再生できなくなって早1年。もう一台、簡易的なCDデッキがあったため、壊れたものを修理しなくても間に合っていました。
使わなくても平気なのであれば、そのまま処分とも考えたのですが、良い音で良い音楽を聴いて毎日を豊かにと考えて購入したデッキだったのに、ただ聴けるからという理由で簡易的なもので間に合わせているのは、修理に出す手間を面倒くさがっているだけだと思い返し、「修理に出そう」と捨てずにいました。



ここで修理にすぐ出せばいいのに、そのまま放置。
壊れたのが洗濯機とかだったら、ないと困るのですぐに修理依頼をすると思うのですが、CDデッキは、今すぐないと困る訳でもないのでまたぐずぐずとしていたのです。
お恥ずかしい限りです…



1年放置した後、このブログを書く直前に電話で修理依頼をし、発送してきました。
昨夜急に思い立ち、1年越しに私を動かしてくれた自己暗示を今日はご紹介します。



持っていても使わないなら、ないのと同じ

昨夜、ふと「持っていても使わないなら、ないのと同じ」という言葉を思い出しました。
これは、ヒプノセラピースクールの卒業生向け講座でも開講している、レイキ講座で出てくる考え方です。
「儀式めいたり、形式ばって、レイキを使わないのではなく、アレンジOK。日常でレイキをどんどん活用しましょう。スキルを持っていても、使わないのなら持っていないのと同じ!」
こんな砕けた書き方はしていませんが笑、主旨はこのような感じです。



私はこの考え方がとてもいいなと思います。
難しくて使えないのでは、せっかく持っている意味がないですよね。
使ってこそ意味がある!



物も同じだと思った時、1年も放置しているのでは、せっかく良いものを持っているのに持っていないのと同じ、と思い至りました。
それで、そそくさと修理に申し込んだのです。



暗示文にすると、こんな文になります。
 ◎私は持っているのに使わないのは、持っていないことと同じだと知っています
 ◎私は(物もスキルも)使ってこそ意味があることを知っています



この暗示文、重い腰を上げるのにも一役買ってくれますし、断捨離にも役立ちそうです。
「ずっと着ていない洋服=持っていないのと同じ」と思えば、要不要の判断基準になりますね。



潜在意識にどんな考えを持つかで、行動が変わります。
私みたいに、1年も放置していたことがすんなりと出来てしまったり笑



暗示文は様々な悩みや希望に有効です。
私もしょっちゅう自分に活用しているので、またご紹介しますね。
サロンでは、暗示文セラピー月1エステセラピーでご提供しています。



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ヒプノセラピーで落ち込みにくく立ち直りやすくなる理由

落ち込みやすい、落ち込みが続いてしまうというお悩み

「落ち込みやすいんです。」
「落ち込むとなかなか抜け出せません。」
というお悩みは、サロンにいらっしゃるクライアント様から多くいただくお悩みの一つです。



以下に当てはまる項目はありますか。

・感受性が強いと思う
・言葉の意味、物事の意味をよく考える方だ
・責任感が強い
・振り返りがよくできる
・他責にせず自省する方だ
・物事をしっかり考える方だ
・他人に気を配れる方だ



今挙げた項目はどれも長所ですが、どのようなことにも二面性があり、以下のような面も感じているかもしれません。
・感受性が強い→嫌なこと、失敗を強く感じてしまう
・よく考える→ネガティブな予測もしすぎてしまう
・責任感が強い→自分を責めてしまう
落ち込みやすい、落ち込みが続いてしまうというお悩みは、長所を持っているがゆえのお悩みとも言えます。



鈍感になれる?

「鈍感力」という言葉が流行ったことがありますが、鈍感になったら落ち込みにくくなれるのでは?
残念ながら、上記の長所は一種の才能のようなもの、消すことはできないので純粋な鈍感力を持つことは難しいかもしれません。



そこでできることは、落ち込みにくく立ち直りやすくする、ということです。



ヒプノセラピーで落ち込みにくく立ち直りやすくなる理由

ヒプノセラピーで潜在意識にアクセスし心が安定する場所を体験する経験を積むと、その場所を覚えて、そこへ戻りやすくなると言われています。
だから、心が乱される出来事があった時にも落ち込みにくく、また、落ち込んでしまった時にも覚えている安定した場所へ戻りやすいのです。
ヒプノセラピーを何度か受けていたら、いつの間にか落ち込みにくく立ち直りやすくなったというのは、こうしたことが理由です。



また、ヒプノセラピーで使う暗示文も、乱された心を安定した場所へ素早く戻してくれるのに効果的です。
暗示文は潜在意識へ働きかけるので、落ち込みという状態になった時に、「元の安定した場所へ戻ろう」と無意識のうちに働きかけてくれます。



やっぱり前向きがいい、と思う時は、潜在意識を上手にコントロールして、落ち込みにくく立ち直りやすく癖付けをしていきましょう。暗示文を使ったヒプノセラピーや、定期的なメンテナンスには月1エステセラピーがお勧めです。



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泣けなかった女性がインナーチャイルドに会いに行った結果

辛くても、悲しくても心から泣けないという女性

「いつからか、泣けなくなってしまいました。辛いことがあっても人前ではにこにこできてしまうし、心の中ではすごく悲しいのに表情は淡々としていて、喜怒哀楽の「哀」を自然と自制してしまいます。」
というクライアント様がいらっしゃいました。



きっとトラウマがある

「感情を自制してしまうのに、きっとトラウマが影響していることは薄々分かっているんです。」
と、幼少期からの出来事をお話しくださいました。



でもこの日は、トラウマと向き合うためにも、まずインナーチャイルドのセラピーを受けてみることになりました。
インナーチャイルドとは、潜在意識にいる小さな自分。自分自身の小さい頃の姿をしている場合もあれば、全然違う抽象的な姿をしていることもあります。
インナーチャイルドに会いに行くと、あなたの中にずっと住んでいる小さな子どもの自分が、何を感じているのかに気付くことができます。



インナーチャイルドに会いに行ってみると

「小さな自分ですね。天真爛漫です。駆け回っていて、私に遊ぼうとせがんできます。
すごく人懐っこいのですが、人懐っこすぎるというか…大人の気分を感じ取って、迷惑になることはやらないように気を付けて、好きになってもらいたいという気持ちが強いみたいです。
そうか、私、そういうところがありました。
多分昔は純粋で子どもらしかったと思うのですが、『こうして、ああして』と大人に言って怒られたり、面倒くさい顔をされたことに傷ついて、いつの間にか“いい子”が定着したんです。
悲しい感情を素直に表現できないのも、自分がそうすることで人が気にするし、かまってとアピールしているように思われちゃいけないと思っているみたいです。」



と、インナーチャイルドに会ったことで色々気付かれた様子でした。
そして、インナーチャイルドを抱きしめて、「何も気にしなくていいんだよ、あなたが好きだから一緒に遊ぼう。」と優しく包んだ時、何かが変わりました。



後日

次の数か月後のセッションで「泣けたんです!」と開口一番ご報告くださったクライアント様。
何気なく見ていたドキュメンタリー番組を見ながら、涙がつーと流れていく自分に驚いたとお話しされていました。


*プライバシー保護のため、脚色しています。



この内容はインナーチャイルドセラピーです。メニューでは、退行(トラウマ解決)または、月1エステセラピーでご対応しています。



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潜在意識のむしゃくしゃをどうにかしたい時に

とにかくむしゃくしゃイライラする時ありませんか

気分がいい時だったらそんなには気にならない人の言葉や態度が、いちいち癇に障って、思わず物を投げつけたいくらいにむしゃくしゃした気分になる時はありませんか。
また、自分の気分がいい悪いに関わらず、いちいち頭に来る影響力を及ぼしてくる人(会社の上司や同僚、あるいは家族とか)がいるかもしれませんね。
そんな時、子どもだったら感情のままに地団太を踏んだりするのでしょうが、大人は外でそんなことをする訳にもいかず、そんな気持ちを抱えたまま何事もなかったように業務に取り組むのは大変なストレスです。



良いことがあった時は、その気持ちが潜在意識にあることで心地よいので極めて快適ですが、嫌な気持ちの影響力は大きいものです。
決して心地よいものではないので、何かきっかけがある度に爆発しそうになったり、刺激されてますますイライラしたりします。



環境の大切さ、捉え方の大切さ

自分をむしゃくしゃイライラさせるものがない環境、これがあったらどんなに快適でしょう。
雨で朝から濡れたら不快だから、雨を止めることができるかと言ったら無理な話で、環境も他人も自分の思い通りにはなりません。
でも、なるべく快適な環境に身をおく、というのは出来ることの一つだと思います。
人間苦労は大切、など言いますが、苦労から学ぶこともあるけれど、元気な心身まで損なわれてしまっては本末転倒です。



周りは変えられないなら自分の捉え方を変える、これも一理あります。
物事には二面性があるので、どのような面を見るのかで得るものは変わってくるからです。
会社は行かなければならない、それが今の時点では変えられない部分だとしたら、その中でいかに快適に過ごせるように捉え方を変えてみるかは、自分のためになります。
潜在意識にどのような考え方を持つのか、ということになりますね。



そうは言ってもむしゃくしゃする!

私がむしゃくしゃした時を思い浮かべてみると、
「そうは言ってもむしゃくしゃする!」
が本音だったりします。



上記の方法は有効だけれど、積もり積もったむしゃくしゃは、まずどうにかしてあげないと、本当に爆発しちゃいますよね。



「なーんだ、そんなことか」と思われるかもしれませんが、
・カラオケで熱唱
・バッティングセンターで思いきりボールを打つ
・キックボクシングをしてみる
などを通して、内にこもったものを思いきり外に出してみてください。



手軽なことであれば
・クッションをパンチする とか、
・断捨離
・掃除
といった不要なものを捨て去り周りをすっきりさせることもいいでしょう。



これが、本当にスカッとするんです。
目に見える形で投げる、捨てると、連動している心に溜まったものも捨てることができます。



他には、ノートや日記に書いたり、本や映画に感情移入して心地よい状態へ連れて行ってもらうのもいいでしょう。とにかく内に溜めずに、すっきり出すことは大切です。(人に迷惑をかけない方法で)
特に今は、様々な制限がかかったり、在宅ワークにシフトしたり、皆がストレスがかかりやすい状況です。
いつも以上に、ちょっとしたことで負荷がかかってくるかもしれません。
むしゃくしゃに気付いた時には、やってみてください。



ヒプノセラピーのメニューの中にも、むしゃくしゃした時のセラピーがあるのですが、潜在意識にあるむしゃくしゃを全部外に投げ捨てるイメージが入っており、正に今日ご紹介した感じです。
月1エステセラピーでご対応しています。



ヒプノセラピーサロンフェイス 藤井裕子



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<前世のお話>今世で大切な人と出会った意味が分かる過去生

「今世で大切な人となぜ出会ったのか知りたい」とクライアントが体験した前世とは

真っ暗で、何も見えない。ほんの微かに自分の手、洋服、髪を感じることができる。細くて白い手。華奢で指が長い。爪の形がよく、繊細な手だ。髪は柔らかくて金色に近い茶色。足には何か硬い物を履いているのが分かった。木製の靴だろうか。



しばらくすると、もう少し周りが見えてきた。質素な薄い茶色のワンピースを着て、白いコットンのエプロンをしている。丈はちょうど膝下くらい。手には買い物用のころんとしたバスケットを持っている。そうだ、今はお母さんの買い物のために、町まで来たところだ。今立っているところは、砂の道。辺りに人はいなかった。静かな、“町”とは名前だけの小さな所だ。茶色っぽい石造りの家が道に沿って並んでいる。



「家はこの近くですか?」という問いに、「はい。」と答える。そう、私の家は、この近く。でも自分の名前や、ここがどこなのかは分からない。町並みからするとヨーロッパのどこかのようだ。家の前に、瞬間移動のように到着すると、“お母さん”と心のどこかで認識している人が家の前にいた。私の帰りを心配そうに待っていてくれた。私はお母さんと二人暮らしである。お母さん以外の家族の記憶はない。表玄関の隣には、小さな柵で囲まれた場所があり、そこで羊を一匹飼っている。お母さんは、家の仕事と私の世話で大変だから、8歳の私は、お母さんを助けてあげたくて、沢山お手伝いをしようと心がけていた。



次のドアを開けると、どんよりした空。目の前には教会らしい建物があり、建物全体が見渡せるくらいの所に立っていた。周りに人は誰もいない。私は、どうしてここにいるか分からなかった。右手の方を見ると、お墓が並んでいる。お墓と言っても、木や石で十字架を立てただけの簡単なお墓だった。そのお墓で、老人が一人、もくもくとお墓の手入れをしていた。この老人は教会を管理している人で、ここに毎日いるのだ。



老人に話しかけると、おじいさんは、
「今日もお墓参りに来たのかい?毎日えらいね。」
と答えた。ああ、思い出した。お母さんは、しばらく前に死んでしまったのだ。私は今一人ぼっちで暮らしている。唯一一緒にいるのは、昔から飼っている羊一匹だ。私はこの羊を世話しながら暮らしていた。今私は15歳。学校はこの時代あったのか、なかったのか…私は行っていなかった。



次のドアを入ると、そこは緑の鮮やかな庭園だった。白いフェンスの綺麗なテラスにいた。私の服装は一転して、白い豪華なコットンドレスだ。装飾のレースがあらゆる所につけられ、リボンのついた大きな帽子をかぶっている。髪もエレガントにアップにしていた。もう7年も月日が流れていた。隣を見ると、素敵な男性がいる。この男性と楽しく会話をしているが、恋人ではないようだ。だが、この男性に対してすごく親しみを感じていた。雰囲気と、その人の放つオーラは分かるのだが、はっきりと顔は分からない。見ているのに見えない、不思議な感覚だ。



私は、この男性の父親に助けてもらったのだ。お母さんの死後、今から2、3年前のことだ。最初に記憶が蘇ったあの町で、いつもの通り一人で買い物をしていた時に出会った。一人でいる私に興味を持ったのか、彼が話しかけてきた。気に入られた私は、すぐに家庭教師として雇われた。そして、彼の所有する大きな白い3階建ての家に住み込むことになった。



26歳。私は小さな男の子と庭で遊んでいる。大きな迷路のような庭。通路両脇に美しく整然と植えられた緑と、花々が見事に調和していた。ここで、茶色の巻き毛の男の子と追いかけっこをしている所だった。大きなくりくりとした目が印象的なかわいらしい子だ。振る舞いと身なりから、育ちのいい子だとすぐに分かった。白いシャツに、茶色っぽい半ズボン。ズボンには吊りベルトがついていた。私のことを信頼してくれているのだろう。その子の微笑みからは、私に対する親しみが感じられた。私はあの日以来、この男の子と生活を共にする、教育係のような存在だった。暮らしに不満はない。私には過ぎた生活だった。何よりもこの男の子が大好きだった。でも、男性とその父親、信頼できる使用人たちと男の子と私で、家中に笑いが絶えなかった以前の生活は、もうなくなってしまった。国中の男は戦いへと出かけていったのだ。心に穴が開いてしまったようだった。無性に寂しかった。



大きな礼拝堂の窓からは、湖の向こうに見える森の中へと沈む太陽が見える。オレンジ色の光が窓から差し込み、ホールの中と私の頬を赤く照らしていた。私は一心に祈っている。大切な人が無事帰ることを願って。今、私が住んでいるのは崖の上に建っている建物だった。グレーの壁のヨーロッパの建物であった。事情はよく分からなかったが、戦乱の時代のせいだろうか。以前住んでいた白い家を後にし、私は、あの男の子と使用人1人とここへ移ってきた。3人には広すぎる建物だった。以前の白い家には明るい感じがあったが、ここはもの悲しい感じだった。この建物の最上階、大きな窓がある所が、今私がいる礼拝堂である。幾度となく見たこの風景。気高く、それでいて静かな吸い込まれそうな風景である。私の名前はシェーラ。



更に10年後の扉。入ると明るすぎて何も見えない。光の中に立っている(立つという感覚はなかったから、いると言った方が正確かもしれない)感じだった。ここはどこだろうか。その扉をそっと閉めた。



次の扉、私は28歳だった。周りは真っ暗だった。私は一人泣いていた。悲しくて、辛くて切なくて。大切な人がずっと帰ってこない。男の子を守らなければならないという確固たる意志とは裏腹に、不安で押しつぶされそうだった。



私が教育係をしている男の子は、あの白いフェンスのあるテラスで一緒に過ごした男性の子どもだ。あの人は結婚していたが、早くに奥さんを亡くし、家庭教師でありながら母親の代わりになる若い人を探していた。その事情をよく分かっている男性の父親―私が町で出会った―は、私をうってつけの人物として連れて帰ったという訳だ。私は、教育係として男の子と幸せに暮らしながら、家族のぬくもりというものが初めて分かった気がした。そして家族愛とは違う感情をあの人に抱いていった。



さらに次の扉。幼い頃一人寂しく暮らした家の前にいた。今は誰も住んでいない小さな家。町も家も昔のまま、ひっそりと佇んでいた。私は、少し大きくなった男の子と手をつなぎながら、複雑な思いで砂の道に立ち、家をただ見ていた。私の気持ちを察したのか、男の子も何も言わなかった。



馬を駆り、湖と森の見える私のお気に入りの場所に来た。そこからは、崖の一番上に私が男の子と共にここ数年暮らしたグレーの建物が見える。礼拝堂の大きな窓も見える。心の中はからっぽだった。髪と頬に当たるやや強い風に、全てをぬぐってもらおう。



いつもの礼拝堂にいる。いつかのあの日のように夕陽がホールの奥まで差し込んでいた。待っても、待っても、あの人は帰ってこない。苦しくてしようがなかった。人生が終わるまで苦しみが続いた。



この人生で学んだのは“忍耐”。この人生での学びがあったからこそ、今世ではご縁のある人たちと出会うことができていることに気付いた。

ヒプノセラピーサロンフェイス 藤井裕子



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ヒプノセラピストになって自分に役立ったこと

ヒプノセラピーの主語は全て「私」

ヒプノセラピーって、「その悩みにはこうした方がいいよ」という答えをくれないんです。
自分の奥深くと向き合い、潜在意識にある答えを見つけて、「私はこうする」という考えが答えになります。



悩んでいる時は、答えがほしい。
でも、見つけるのはあなただし、その答えが合っているかを決めるもあなただよ。
これって、ある意味厳しいですよね笑



子どもの頃のことで、ふと思い出す出来事があります。
小学生の時に、母の友人の家へ遊びに行きました。
同じ年頃の子どもがいて、一緒に遊びました。おやつの時間になり、キッチンにいるその子のお母さん(母の友人)のところにもらいに行ったんです。
「ジュースにする?」
と聞かれた時、私は
「お母さんがジュースは飲んじゃ駄目って言うから…」
と答えました。うちは飲み物は水かお茶、という家庭だったのです。
その時、その子のお母さんが
「飲むのはあなたでしょう?あなたが決めることよ。」
と言われて、衝撃を受けました。ジュースを飲んでいいかどうかは自分で決めていいことなの!?とすごく混乱したのと同時に、初めて触れる考え方に驚きました。
我ながら、親に従順なお利口さんだったと思います笑



子どもの頃はそれぞれの家庭のルールがあり、親が基準になることも多いですが、自分軸を一つ一つ作っていくことも大人になる過程の一つなのではないかと思います。
ジュースを飲むかどうかといった小さなこと、人に対してどうありたいかといった対人関係のこと、様々なことに対してです。
でも、自分軸ってある年齢になったからすべて作れたかというとそうではないし、ずっと変わらないもの、変えた方がいいものがあったりします。



ヒプノセラピーで「私はこうする」を見つける過程は、悩みにぶつかった時の考え方としてとても役立ってくれました。
自分軸自体がなかったことに気付いたり、古い軸に縛られていたことに気付いたり、ここは変わらなくてもいいんだと自信をくれたりもしました。



厳しいけれど優しい

悩んでいる時は、答えがほしい。
でも、見つけるのはあなただし、その答えが合っているかを決めるもあなただよ。
これって、ある意味厳しい。
と書きましたが、その先にあるのは優しさだと感じます。




答えを教えてもらってうまく行かなかった時、「これがうまくいかないのは○○のせいだ。」と他責にしたくなります。他のせいにして、それで終わり。
自分で決めた時は言い訳はできないけれど、悩んでもがいて手立てを考えます。未来に繋がっているんですよね。



ヒプノセラピーの考え方は、自分の人生を「私」を主人公に生きることを教えてくれている気がします。
良いことがあっても、時に良くないことがあっても、前を向いて進む力をくれることと思います。



本気で解決したいと思った時は、ヒプノセラピーの受け時です。


ヒプノセラピーサロンフェイス 藤井裕子


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コロナ禍、疲れていませんか。潜在意識を使ってリラックス

「疲れた」と言えなくなっていませんか

コロナウイルスの流行により、ここ数か月で目まぐるしく世の中が変わっています。
働き方、人との関わり方にはじまり、買い物の仕方まで、あらゆる場面で変化が必要となり、変わりたくなくても変わらざるを得ない状況です。



「自分のため、家族のため、他の人のため…」と制限をかけなくてはいけない状況であることは事実ですが、「せねばならない」が続くと苦しいですよね。
これからもしばらくその状況が続くと思うと、私は苦しいです。
みんな同じ状況だし、医療の現場、他にも影響を受けている現場はもっと大変なのだからと理性で理解していることとは別に、個々人がちょっと疲れてしまって、苦しくなってしまっていることも、自分で認めてあげていいと思います。



どのようなことでも、突破するには元気が必要!
世の中の一員として責任ある行動をするのと同時に、大変な時ほど、疲れて苦しくなっていたら「元気がないと何もできないのだから」と思って、自分を大切に元気を回復すること、一人ひとりが元気になることが次に繋がると思います。



潜在意識を使ってリラックスする方法

前置きが長くなりましたが、潜在意識を使ってリラックスしましょう。
我慢しなくてはいけない、行ってはいけない、といった「しなければならない」は潜在意識にはストレスです。
ストレスがかかっている時、全身の筋肉はきゅっと力が入っています。
最近、肩こりや首こりが酷い方、目が疲れやすい、胃腸の調子が悪い方は負荷がかかっているかもしれません。



逆に、潜在意識が心地よく喜んで従いたくなるのは、「~したい」という気持ちです。
綺麗な海を見たい、友人と夕食に行きたい、習いごとをしたい。
やりたいことは、考えただけでワクワクしますよね。
こんな時には、心身ともにリラックス。しなやかです。



今のような制限がある中でリラックスするには、自分で何とかできる部分を心地よくしていくことです。
お家時間の充実もその一つですね。



私もサロンやスクールの仕事は、以前は対面だけでしたが、Zoomでのセッションも加わったことで、生活スタイルが変わりました。
他の企業も、ネットを活用した様々なサービスに取り組んでいます。
オンラインヨガ、語学、サークル活動など。



以前からの自分ではなく、この状況の「今」の自分の「~したい」と向き合ってあげると、変化についていけない気持ちよりも、変化したから開けてきたことに目が行きやすいです。



人生は今の積み重ね。
今を心地よく過ごしましょう。



苦しくなってしまった時、サロンのメニューでは月1エステセラピー、スクールでは1回お試し講座がお勧めです。



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ヒプノセラピーサロンフェイス 藤井裕子

<前世のお話>人を信用できない女性が体験した過去生

「人を信用できないんです」とお話しされるクライアントが体験した前世とは

長いトンネルを進んでいく。歩いていく、というよりもトンネルの出口の強い光がどんどん近付いてくるという感じだ。近付けば近付くほど光は大きく、強くなり、中に何があるのかは全く見ることができない。でも、ずっと心待ちにしていた懐かしい人、この世で一番会いたい人とのやっとの再会のように、胸が高鳴ってくる。自分の鼓動の早さに驚いた。自分のものではないかのようだ。懐かしさで一杯の胸は、苦しいくらいにきゅっとしめつけられる。目頭が熱い。思い出しそうで思い出せない、でも忘れられない何かが、体の奥から湧き出してくるような不思議な気持ちだ。それを探るように、体全体が反応している。意識はあるが手足は自分のものではないくらい重い。光が一層近付くと、それと共に記憶の糸が一本一本繋がっていく。



最初に感じたのは石でできた道。土の上に敷かれた白い四角い石がきれいに道を作っている。つなぎ目からは茶色い白っぽい土が見え、ところどころに短い草が生えていた。今、どうやら馬車から降りた所のようだ。私が立っているすぐ後ろには茶馬2頭、木製の二輪馬車が止めてあった。運転手はいるのだろうか、よく分からない。もしかしたら自分で運転したのかもしれない。馬車の後ろには茂っている。木立というよりは、鬱蒼と茂った森のような所だ。左を見ると、昨日見た壁、白い石造りの壁がある。高さは私の背より少し高いくらいだ。その壁の向こうには、白い石造りの城が建っている。真下から見上げると、すごく高い城だ。一本塔のようなものが一際目立って見えた。右にはやはり昨日見た湖が広がっている。



さて、私は誰なのだろうか。手を見る。華奢な細い、透き通るほど白い手。手首にかかる洋服の袖は、裾が三角に広がっており、中からレースが見える。石造りの道に立っている足を見る。色は分からないが、エナメル調の靴を履いており、白いタイツを履いている。髪を触ってみる。どうやら大きな帽子をかぶっているようだ。白い大きなつばの帽子。花やリボンの飾りがついていて、首の下でリボンで結んである。その下から、黄色っぽい金色の長い髪が胸の位置までかかっている。毛先になるにつれてクルクルとカールしており、とても柔らかい。そうか、長い巻き髪が好きなのはこのせいもあるのかもしれない、と考えている今の自分がどこかにいる。そこで、一度その扉を閉める。



次に隣の扉を開けると、自分の部屋だった。さっき立っていた道のすぐ隣の壁、その壁の向こう側にある部屋である。ダークブラウンの壁。大きな入り口の扉。アンティーク調の家具。多分20畳くらいはありそうだ。相当大きな部屋だ。廊下につながる扉から入ると、右奥の壁に頭が向く位置に大きなベッドがある。今までここで眠っていたようだ。ベッドから見て右側、扉から入ると真正面には向かって左にテラスに続くドアがあり、そのすぐ右側には外が一望できる大きな窓がある。扉の左の壁には大きな鏡がある。窓の外は、湖が広がっており、その奥は深い森だと分かった。まだ日の昇らない早朝で、外は朝靄がたちこめている。この地域は毎朝霧がかかる。



廊下に出てみると、ここは建物の一番端にある部屋だと分かった。右に行くと、両サイドにいくつもドアがある。その廊下を進み、いくつかドアを通り過ぎて左のドアを開けると、ダイニングルームだった。ここで昔、祖父、祖母とディナーをした記憶が蘇る。部屋の中央に置かれたずっしりした長い机。その机の一番奥に祖父が座り、コーナーを挟んで隣に祖母が座る。彼女はいつも口を硬くキッとむすび、髪をきつくアップにして見るからに厳しい人だった。祖父は白髪にほんの少し黒髪が混ざっており、口が見えないくらい立派な、でもきちんと両サイドに流れるように手入れされた口ひげを垂らしている。目が優しい人であった。祖父と対角線上、長い机なのはるか向こうに私が座る。これでは話をするのも遠いだろう、などと考えた。



ダイニングを出ると視界が開ける。ここは中二階のようだ。表玄関が下の階の中央に見える。表玄関からホール、その左右対称に螺旋状の階段があり、二階で両階段がつながっている。その階段の途中、つまり中二階にこのダイニング、私の部屋に続く廊下がつながっている。中二階から階段を降りていくと、階段の右の壁には、近くでは絵全体が分からないくらい大きな絵が飾ってある。下に人は誰もいない。今来た階段を引き返す。ダイニングを過ぎ、いくつかのドアも過ぎ、廊下のつきあたりにもう一つドアがあった。これは屋根裏へと続く階段だ。城の中とは一変して、暗いギシギシ音の鳴る横幅の狭い階段を昇ってみた。右側にベッドと小さな机だけの小さな部屋。若い女の子、わたしの手伝いをずっとしてくれている女の子が寝ていた。うずくまってぐっすり寝ていた。ここでまたドアを閉める。



次に見たのは、この城に初めて来たシーン。どうして今、この広い城に手伝いの女の子と二人だけで住んでいるのだろう。初めて城に来た時、私は8歳であった。お母さんと手をつないで城の門に入った所だ。昼間で、白い城は一層白く、明るく見える。あらゆる場所に、城に沿うように花が咲き乱れている。赤っぽい花が多い。お母さんは何も言わない。悲しそうな顔。何か言いたいことがあるけれど胸が詰まって何も言えない、そんな顔でただじっと私を見つめていた。そしてぎゅっと痛いくらい私を抱きしめた。そしてこのシーンが終わった。



扉を開けると、今度は家の中。木造の一般的な庶民の家だった。玄関から入るとすぐ右に簡単なキッチンがあり、突き当たりに机、左手には二階-と言っても一部屋あるだけだが-に続く階段がある。小さな弟は生後何ヶ月かだった。木のベビーベッドが大きく見えるくらいにまだ小さかった。父は角ばった骨格の顔、黒っぽい短髪で、体もがっしりしている。狩りや戦いに慣れた見事な体つきだ。そして軽々と6歳の私を抱き上げる。いつも大きな手のひらで、私の頭をぽんぽんとなでるのが癖だ。父にしてみたらなでているつもりが、あまりに力が強くて痛いくらいだった。でも、その痛さに愛情を感じていつも嬉しくなる。弟はおなかがすいたらしく泣いている。母は台所でスープを作っていた。一家は狩りで生計を立てており、決して裕福ではない。生活するだけで精一杯だが、愛情に満ちた温かい家庭だ。父の父親、つまり私の祖父はこの村、森一帯の地主で、大きな白い城に住んでいる。今は自分の領地の管理しかしていないが、父が結婚するくらいまでは国のために戦いに出ていた。若いころから戦術に長けており、数々の業績を残したのだと父から聞いた。長年軍隊を率い、部下からは厚い信頼、尊敬の念を抱かれていた。でも、今の祖父の顔は、そんな戦いを潜り抜けてきたようには感じられない程穏やかな顔つきをしている。どこか人をほっとさせる優しい目。口が隠れてしまう程の立派な口髭は、ほとんど白髪できちんと左右に分けられている。どうしてこの祖父が妻として選んだのか(又は選ばざるを得なかったのか)祖母はきつい顔だ。口をいつもきつく結び、痩せた骨ばった体にきちっと暗い色のドレスを着ている。飾り気がなく、首までのきちっとしたドレス。グレーの髪はいつも頭の低い位置でしっかりとおだんごにまとめてある。私の父は、祖父の領地に住んでいた村娘の母と恋に落ちたが、祖母は決して二人の仲を許さなかった。身分の違いを気にしたのだ。でも父はそんなことはこだわらなかった。父は母と一緒になるために家を飛び出し、この小さな家を構えることになったのだ。父はそれ以来、祖母と連絡を取っていなかった。しかし、祖父のことは尊敬しており、お互い密かに連絡を取り合っていた。この小さな家は祖父の領地にあった。



ある日、再びこの国に戦いの時が来た。村人の信頼が厚く、リーダーシップのある私の父はいつも皆のまとめ役であり、しばしば私が住んでいた小さな家は集会場となった。今晩はとりわけ人が多く、緊張感が漂っていた。私は早々に二階のベッドルームに連れて行かれたが、いつもと違う雰囲気を察して不安で寝つけなかった。こっそり起き出して、階段の一番上から、階下の様子を伺っていた。村の男たちは父を中心に戦いについて話し合っている。話はどんどん具体的になり、使う武器、出発日やルートについて話していた。女たちは台所に集まり、子どもと女だけになるこれからの暮らしについて、不安そうに、でも母親の強さを感じさせながら話していた。そして月日が流れ、男たちは出発して行った。その2、3年後、父のいない私たちの暮らしは日に日に厳しくなり、8歳の私は祖母の家に預けられることになった。幼い弟だけが母と暮らすことになる。私は母に手をひかれ、初めて白い城に連れて行かれた。



私は父からリースとかリズと呼ばれていた。母からはリズだったように思う。城に来る前に暮らしていた村は“B”で始まる名前。道は土で、どの家も木でできており、店という店はない村であった。



毎朝、私は城の誰も起きてこないうちに(城にいるのは今は私と手伝いの女の子だけだが)こっそり起き出して外に出る。朝もやの中、湖のほとりに住んでいるおじさんが馬車で迎えに来てくれて城の外で待っている。その馬車で森を抜けて湖に出る。湖はずっと向こうで細い川とつながっていて川の両岸は森が鬱蒼としている。川をずっとのぼっていくと、私の国を治める城に着く。ここより高い地形に建っているため、昼間は遥か遠くに微かに見ることができた。濃い朝もやの中、しばらく湖のほとりで待っていると、いつもと同じ時間に小舟が川の奥の方から近付いてくる音がする。胸が高鳴り、ドキドキする。やっと私のいるほとりに舟が着き、舟を漕いでいたマントを被った男、城の従者が白い封筒を私に渡す。引き換えに私も一通手紙を差し出すと、何も言わずに受け取って、またもと来た川の方へと戻っていった。もう1年近くも続いている朝の習慣。家に帰るまで待ちきれずにその場で手紙を開けると、綺麗な飾り文字のような手紙が出てきた。会いたいのに会えない、愛で満ち溢れた恋文がしたためられていた。最後のサインは“S”で始まる名前。そして、私も元来た道をゆっくりと戻る。



私はもうこの白い城に10年暮らしている。祖父、祖母は亡くなり、かつては召使も沢山いたが、今は私付きの手伝いの子と2人きりだ。でも、祖父の残してくれた財産と地位のおかげで、財政面では何不自由なく暮らしていた。私は町に出るのが好きだった。小さな専門店が並び、そのほとんどが夫婦できりもりしている。町人が買い物に来ると、世間話で盛り上がり、威勢のいい声が飛び交う、そんな光景が好きだった。中でも一番のお気に入りは一軒のパン屋さんだった。頬の赤い体格のいいおじさんと、これまた威勢のいいおばさん夫婦の店だ。店の外にはいつもできたてパンのいい香りがする。ついふらふらっと入ってしまう店だ。彼と出会ったのもここだった。ショーウィンドーに並べられたパンを目移りしながら決めかねていると、そんな悩むようなことじゃないでしょう?とでも言いたげな目で、レジで支払いをしながらおばさんと話をしていた男の人が私を楽しそうに見ていた。細いけれど、程よく筋肉がついていて背はまあまあ高い。引き込まれてしまう笑顔。茶色の温かい目。私はずっとこの目を探していた。



彼と毎朝手紙のやりとりをしてもう数年になる。ごくたまに、辺りが静まり返った頃、彼は遥か遠くの城から人目を盗んで抜け出して、愛馬で私の住んでいる白い城までやってくる。そして、私もこっそりテラスから抜け出して彼の後ろに乗って、夜の森へと繰り出すのだ。いつも行くのは決まって同じ場所だった。皇室の使う、別荘のような、綺麗に手入れされた庭園のある場所だ。そして、ここで夜中語り続けるのだ。別荘と言っても、手入れされているだけで彼の両親は、滅多にここに来ることはなかった。夜の爽やかな風が心地よい。そして日が昇る前に彼は私を白い城へ送り届け、自分は森を抜けて川つたいに遥か遠くの城へ戻っていく。こんな遠くに住んでいながらも、私はいつも彼を感じて心は満ち足りていた。彼はこの時22歳だった。



次の扉。私は膝まづいて頭を下げ、床を見ている。きちんと正装している。大きな広間は城の一室であり、正面には玉座、玉座からみて正面は大きなテラスだった。私の他にも正装した女性が大勢おり、やはり私と同じように床を向いている。今は新しいこの国の王の即位式であった。たった今新しい王が誕生し、若干25歳の王に期待と少しばかりの不安な空気が感じられる。儀式が終わり、王が私のすぐ横をゆっくりゆっくりテラスに向かって歩いていく。肩から下がっている長い長いベルベッドのローブが歩くたびに床とすれ、高貴の布ずれの音が静まり返ったホールにやけに大きく聞こえた。そして王がテラスに出て部屋へ行ってしまうと、儀式に参列していた人たちも一人、また一人と退室して行った。気づくと誰もいなくなったホールの中に、私だけ取り残されていた。彼との立場の差を考え、私のすぐ脇を通っていった彼が果てしなく遠く感じられた。いつもよりずっと近くにいるのに、はるかに遠く感じられる。私が近くにいるのに私を見ていない。彼の茶色い意志の強い目は、一国を背負う王の目になっており、王国の未来と彼の抱える国民だけを見ていた。彼の昔からの側近、私たちの関係を知る唯一の人物だけが私を見て、全てを分かっているとでも言いたげにうなづいてそっと出て行った。



気づくと私は馬車で自分の白い城に戻り、丁度白い石の道に降りた所だった。頭にはつばの広い飾りのついた帽子、白いタイツにエナメルの靴だったことが強く思い出される。



彼が王になってしばらく経った後、彼のはからいで私と手伝いの女の子は、私たちの思い出の場所、庭園のある別荘に移り住むことになった。王になった彼は多忙なのに加え、人目もあるので滅多に私と会うことはできなくなったが、私たちがここに移り住んだことによって多少会いやすくなった。彼の側近が計画を練り、他の部下の隙をついて、彼は会いに来てくれた。私たちだけの秘密の時だった。



予想はしていたが、彼は国のために18歳の妻を他国から迎えることになった。顎のラインがシャープで、深い金髪と強い巻き毛を持つ美しい姫だった。唯一の救いは彼の愛情は彼女に向かなかったことだった。私はどんないきさつだったかは分からないが、教養のあることが買われてまだ城や国の風習に不慣れだった若い妃の教育係になり、毎日城に出向いて彼女に教授した。彼はこの時、軍を率いて戦いに出ており、もう何ヶ月も城を空けていた。妃は私に心を許し、尊敬の念まで抱いてくれていたが、彼を未だに心から愛していた私は彼女を裏切っているような気持ちに耐えられなくなっていった。そしてある晩、手伝いと共に、もとの白い城へと戻った。それからしばらく後、イギリスの王国から教育係の仕事の要請があった。祖父が幅広く活躍していた時の繋がりと、この小さな国での教育係の経験が買われたのだ。彼への強い気持ちを断ち切る為、私はイギリスへと渡った。



イギリスでの生活ももう数年が経っていた。私は28か29歳だろうか。王、妃から能力を認めてもらえるまでになり、外交の場や隣国からの訪問の際には必ずその場にいた。



まさかこの地で会うことになろうとは思わなかった。今日も小国からの客人が来ることになっており、いつもの通りその場に立っていた。王に向かって挨拶をし、顔を上げて王を真っ直ぐ見たその人は、紛れもなく彼であった。意志の強い曇りのない茶色の目。未来を見据えている目。そして温かさに溢れた目だった。そして右へと視線をずらした彼と私の目線がぴったり合った。いつかのあの日と同じように。すぐに彼の目に動揺の色が窺えた。その時私の隣にいたのは恋人でも何でもない。でも寄り添うようにいつもそばにいたから傍目からはそう見えたことだろう。多分彼もそう感じたに違いない。隣にいたのは、王の信頼を得ていた軍人である。数々の戦いで業績を残していた。でも自信過剰で自分本位。知的タイプではなく、力任せに苦境を乗り切ってきたことを私は見抜いていた。この軍人が私に好意を抱いているのは知っていたが、王の前でそれを払いのけるわけにもいかずに、いつもそっけない態度でかわしていた。



私は彼と初めてパン屋で出会った後、再開した時のことを思い出した。それは、私の生まれ育ったあの小さな国のパーティーだった。祖父と共に馬車に乗り、長い道のりを経て夜に城に着いた。昼間のように明るく電灯の灯った城の前は人であふれていた。馬車を降りて中に入ると、一層明るく豪華な装飾、人々の熱気と笑い声、優雅な音楽、そこら中に飾られた花の香りと料理の匂いとが入り混じっていた。私のように大勢の着飾った地主の娘たちがいる。王、妃、そして王子に挨拶をする為に長い行列を作っていた。その一人一人に王子は声をかけて挨拶をしていた。ふと王子と目が合った私は、その瞬間彼があのパン屋にいた時と同じようにニッと笑ったのを見てとった。



今から2、3年前、彼の若い妻―私がかつて教授していた小国の妃―は、病気で亡くなったと風の便りで聞いていた。彼は自ら国内、国外を精力的に回って公務を果たしていた。今日ここに来たのもその一環だったのだ。これは後のことだが、彼の努力の甲斐も虚しく、かれの国はイギリスの占領下に入ることになる。



数年後。どんな経緯でこうなったのだろう。私は今彼と森の中にある小さな木造の小屋で暮らしている。彼は昔から私をベスと呼んでいた。その声が愛おしい。かつて私の父がしていたように、木材を切り倒して売ったり、狩りをして生計を立てていた。貧しいけれど満ちたりた愛に溢れた生活だ。4歳の娘とまだ赤ん坊の息子と4人家族だ。彼が子どもを両手で軽々と抱き上げ、高い高いをして息子がキャッキャと笑い声をたてる姿を私は微笑みながら見つめていた。娘は透き通った茶色い少しカールした髪を二つに結んでいる。笑顔が可愛らしい素直な子だ。息子はまだ赤ん坊だったが、この先頼りになる存在だと私は知っていた。今住んでいるこの森は、私たちの生まれ育った土地。イギリスの占領下になろうとも私たちは自分たちの土地に戻ることを決心したのだった。次第に彼を慕う部下や元の国民が一人、一人と集まってこの森に新たな村が誕生していった。彼は生まれながらにリーダーとなるべき人物であり、私の役目は彼の支えとなることだった。そして彼は私を子どもをいつもこの上ない愛情で満たしてくれた。



次の扉。今、息子家族はこの村に住んでいる。孫はかつての息子のようにキャッキャと可愛らしい声をたてながら外で遊んでいる。すっかり逞しくなった息子は、若かりし頃の彼とそっくりだった。息子嫁もこの村の出だ。しっかり者でしゃきしゃきしている彼女が私は大好きだった。彼は今も村長として多忙な毎日を送っている。今では役場もでき、独自の制度もでき、体制が整いつつあった。平凡だが私は満ち足りていた。彼に愛される喜び、彼を愛する喜び、彼と共に歩む喜びを感じていた。



最後の瞬間、私はこの小さな家の隅にあるベッドにいた。外は明るい。いつも通り子どもたちの声が聞こえてくる。家の中には彼がいるだけであった。彼は私の手をとり、ただじっと見つめていた。その目に悲しみの色はどこにもない。私もただ見つめ返していた。いつもそうであったように、言葉はいらなかった。彼の目は全てを語っている。私はいつでもこの目を探していた。私たちに悲しみはない。いつか必ず再会できることを知っているから。いつかは分からない。でも、もう未来が決まっているかのように、また会えることを知っていた。だんだん目が閉じてくる。彼はいつまでも私の手を握りしめてただ私の目を見つめていた。



もう意識が自分の体から離れてしまった。上から彼とベッドに横たわっている私の体が見える。それから住んでいた家の屋根が見えた。村全体が小さくなり、周りを囲む森の中にすっぽりと隠れてしまった。かつて白い城から毎日見ていた湖、そこからつながる川と小国の城、小さな国の地形がしっかりと見えた。そしてそれも分からなくなるくらいぐんと離れ、雲を越え、大きな空間へと出た。光、星のような光が見える。この光が私に答えてくれた。私はこの人生で人に愛される喜びと人を信じる喜びを学んだのだと。



今の私は人を信じることができない。でも、私は遠い過去、この人生でこんなにも信じ合える人と出会っていたのだ。
***



いかがでしたか。
前世療法では、過去生をまるごと体験します。涙する方も多い感動のセラピーです。

ヒプノセラピーサロンフェイス 藤井裕子
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潜在意識に何を持つかで場を明るくも暗くもする

場を明るくする人・暗くする人

たった一人、部屋の中に入ってきただけで、部屋の中に太陽の光がさしたかのようによどんだ空気が一掃されて、穏やかで温かな会話が生まれるムードメイカーがいませんか。
反対に、たった一人、部屋の中に入ってきただけで、暗い空気が流れて弾んでいた会話がフェイドアウトしてしまう、そんなムードメイカーもいるかもしれません。
この空気感って何なのでしょう。



その人の雰囲気?確かに雰囲気は当てはまりそうです。その人の雰囲気が部屋中に伝染して広がっていったとしたら、ある意味強烈な雰囲気を持っていることになります。
その人の話し方や内容?これも一理あるでしょう。暗かった会話が一気に明るくなったり、明るかった会話が一気に暗くなるのは、強い影響力を与える人の発する話し方や内容が大きく関わっています。



潜在意識に何を持つか

雰囲気は潜在意識にその人が持っているもの、と言い換えることができます。
場の空気を明るくしたり暗くしたり、その人の印象を一瞬で伝えてしまったり・・・言葉以上に、たくさんの情報を伝えています。
自分でも気づかない間に自分と他人に大きな影響を与えています。



それもそのはずで、潜在意識は、意識全体のうち約90%をも占めています。
普段意識している意識は顕在意識ですが、こちらは意識全体のうち約10%に過ぎません。



「あの人は明るい印象だな。」というように直感的に感じる力や、「素敵だな。きれいだな。」と感じる力、「もしかしたら悩んでいるのかもしれないなぁ。」と相手の潜在意識にあるものを何となく察知し感じ取る力、「何かよくないことがあるかもしれないぞ。」と先の見通しをたてて予見する力、これらはすべて潜在意識の力です。
五感の感覚も潜在意識になります。



雰囲気の話に戻りますが、あなたはどのような雰囲気の人になりたいですか。
大切なのは、「私はこんな雰囲気の人」というイメージを持つことです。
イメージを持つ=潜在意識に持つ ことになります。
潜在意識にあるイメージを持ったら、そんな人として過ごしましょう。
潜在意識に定着させるコツは、「繰り返し」です。
何度も繰り返すと、自然に自分のものとして定着します。



暗示文セラピーは、イメージを暗示文にして潜在意識へ定着させていくセラピーです。
自分を変えたい時や、セルフブランディングしたい時にぴったりです。



ヒプノセラピーサロンフェイス 藤井裕子

日常を楽しむコツ

当たり前のことを特別にしてあげる

当たり前のように毎日していることを特別にしてみるのは、日常を楽しむコツの一つです。
例えば朝食。
ホテルの朝食のように素敵なお皿に素敵に盛り付けて、美味しいコーヒーを入れてみるだけで、朝から優雅な気持ちになりますね。



準備を面倒だと思わず、楽しむための行動がさっとできるように、こんな暗示文をどうぞ。
・私は特別な演出で、優雅な気持ちを手に入れられることを知っています
・私は自分を心地よくするための行動がスムーズにできています



明日どうしたら楽しめるかを考えてみる

寝る前にあれこれと考え事をしてしまうことはありませんか。
(かく言う私もその一人です)
そんな時には、「明日どうしたら楽しいかな~」と10項目考えてみてください。
いつも通り仕事がある日なら、ランチに○○を食べたいなとか、帰りにお気に入りのベーカリーショップに寄ろうとか、週末の予定を友人と立てようとか、限られた中にも楽しめる方法が出てくると思います。
人生は一日一日の積み重ね、何でもない日をいかに楽しめるかが、人生をいかに楽しめるかに繋がります。



暗示文
・私は何でもない一日を楽しい一日に変える力を持っています



後押しも大切

「SNSに素敵な写真をアップしたい」とか「家族が喜んでくれる顔をみたい」とか「女子力を上げたい」とか、日常を楽しむための後押しとなってくれる力もとても大切です。
逆に、「見てくれる人がいれば自分のために努力できそうだから、SNSにアップしてみよう」というように、使ってみてもいいですね。



潜在意識を活用しよう

いつも楽しく過ごしている人は、考え方が明るいですよね。
潜在意識に日常を楽しむ考え方があると、自然と楽しむ方向に思考し行動できます。



暗示文を使ったヒプノセラピーは、潜在意識に日常を楽しむ考え方を定着させることができます。
常に潜在意識を良い状態にしておきたい時には、オーダーメイドの月1エステセラピーもお勧めです。



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ヒプノセラピーの活用法

「気になったら」がタイミング

ヒプノセラピーって、いつ使うんだろうという素朴な疑問があるかもしれません。



悩みが生まれた時はもちろん、元気な時も、もっと元気になりたい時も、いつでも活用できますが、ヒプノセラピーが「気になった」時がタイミングだと思います。



サロンへいらっしゃるクライアント様からは、こんなお声を聞きます。

「ずっと前から知っていたけれど、受けようという程ではなくて。でも、○○があったことでネット検索して、予約しました。」

「何か変わりたいなと思って、ネットサーフィンしていたら辿りついて、そのまま予約しました。」

「○○の記事で見かけて気になって、予約しました。」




気になった時は、潜在意識からのサインなので、逃さないようにしましょう。



悩みがある時の活用法

ヒプノセラピーのことを何も知らなくても大丈夫です。
カウンセリングでお悩みを伺い、数あるヒプノセラピーのメニューの中から、最適なセラピーをご希望回数やご料金に合わせてご提案します。



初めての方にお勧めなのは、暗示文を使ったヒプノセラピーです。
一番ヒプノセラピーらしいメニューとでも言いましょうか、自分の潜在意識とじっくり向き合い、「変わる」を実感できます。



トラウマを改善したい時には退行、前世と向き合いお悩みを解消していく前世療法もあります。



元気な時の活用法

ヒプノセラピーは、自己啓発や、モチベーションをキープしたい時にも活用できます。
海外ですと、経営者等がカリスマ性を発揮したいとか、芸術関係のお仕事をされている方が潜在能力をアップさせたい時にも積極的に活用されています。



ヒプノセラピーサロンフェイスでも、月1エステセラピーで継続的に通われているクライアント様は、前向きな活用をされていることが多いです。
車の定期メンテナンスと同じように、心も元気な時だからこそ良い状態を維持できるようにしていくことがとても重要です。



ライフスタイルに合わせた活用

必要な時に1回だけセッションを受けるもよし、美容院やネイルサロンのように定期的な利用もよし、「いつもそこにある」という安心感に繋がるサロンでありたいと思っています。
そんな願いを込めて、メニューは1回単発のメニューと、継続利用にお勧めなお得なご料金でオーダーメイドの月1エステセラピーをご用意しています。
気になるタイミングでご利用くださいね。




ヒプノセラピーサロンフェイス 藤井裕子

セラピストの開業準備<名刺編>

名刺は顔

ヒプノセラピースクールフェイスの卒業生は、北海道から九州(今のところ沖縄県の方はいらしていないので、ぜひ!)までご出身は全国各地です。



「ヒプノセラピー一本でセラピストとして仕事をしたい」
という方もいれば、
「今の仕事と合わせてやっていきたい」
とお話しされる方もいたり、卒業後のスキルの活かし方も様々です。



「私はヒプノセラピストです」と自分をプロデュースするために、開業時にまず準備したいのは名刺です。
私もクライアント様にはもちろんのこと、仕事でお会いする人、プライベートで会う人にもまず名刺を渡していました。
名刺を作る際、名刺は顔だと思って作製しました。



名前や連絡先などの情報が分かりやすいかという点はもちろん重要ですが、1年後にその名刺を見た時に、その人の顔や印象まで思い出せるかということも大切です。
「これ、誰だっけ?」
という名刺は捨てられてしまい、受け取ってもらった意味がありませんからね。



費用をかけずに自分で準備したい

プロに頼めば、用紙にこだわり、素敵なデザインのものをささっと作ってくれると思います。
でも、セラピストは私一人の小さなサロンですし、必要な時に印刷したり手直ししたりしたかったので、自分で作りました。
お安いですしね笑



一般的な名刺用紙を購入すると、デザイン集をダウンロードできたりもしますが、気に入ったデザインがなく、印刷時に微妙にずれるのも嫌で一から手作りしました。
参考になるか分かりませんが、Wordを駆使して何でも作る派なので、いつものごとくWordで製作です。
用紙は、開業時から今もずっと変わらず、スケルトンのフィルム用紙(プラスチック製)を使っています。
普通に印刷でき、人とかぶらず、印象を残したいという希望にぴったりです。



作り方はいたってシンプルで、
1.Wordで名刺用紙の切り目に合わせて表を作る(A4用紙1枚で、10枚の名刺ができます)
2.表の内部に名前などの必要な情報、デザインをはめこんでいく



これが今の名刺です。

見えにくいですが、スケルトンの用紙の上下は、このホームページと同じお花のイラストです。サロンフェイスのマスコットである蝶が、お花畑を飛んでいるイメージです。


まずはやってみる

いざセラピストとして仕事をしたいと思っても、何から手をつけていいか分からなかったりしますよね。
また、サロンを持つとなると費用もかかってきます。



今回ご紹介した手作り名刺のように、まずはできるところからやってみて工程を一つ進ませることが大事だと思います。
名刺の他にも色々自分で作っているので、ご紹介することで参考になればと思います。



素人作品ではありますが、もし卒業生でやり方が分からないとか教わりたいとかご要望がありましたら、「復習講座」でマンツーマンでお伝えできますのでご予約くださいね。

決断を助けてくれる?潜在意識の答えを見つけに行くヒプノセラピー

どのように決断する?

日々、選択の連続ですよね。
お店でランチのメニューを選ぶといった小さなことから、今後の人生を左右する大きなことまで、色々あります。



「時間がかかっても、とにかくじっくり悩んで、悩み尽くした時に決める」
という人もいれば、
「決断は10秒以内にする」
という人もいるでしょう。



あなたは決断する時、どのように答えを出していますか。


決断を邪魔する数字で測れない要素

サロンでお受けする決断に関するお悩みは、転職するかしないか、仕事を取るか結婚を取るか、など大きな決断が多いです。
大きな決断ほど、様々な可能性を考えますよね。



転職で言えば、新しい仕事のやりがい、人間関係、経済面、拘束時間、など。
転職を考える時は、今と比べてより良い状況を望んでいる時が多いと思いますが、やりたいとか心地よさとか、良好な人間関係とか、数字では測れない部分は、実際にその世界へ飛び込んでみないと分からない部分だからこそ、決断に迷う材料となります。


潜在意識が決断を助けてくれる

ヒプノセラピーで、ディシジョンメイキングセラピー(決断したい時のヒプノセラピー)というメニューがあります。
その名の通り、決断を助けてくれるセラピーです。



どのように決断を助けてくれるのかと言えば、カウンセリングとセラピーの二段階で自分の潜在意識の答えを見つけに行きます。



まずカウンセリング。
ディシジョンメイキングセラピーでのカウンセリングは、「転職する/今の仕事を続ける」という迷っている事柄に対し、それぞれの要素を明らかにしていきます。



転職した場合のお給料はどうなるのか、メリットとデメリットは?
今の仕事を続けた場合のお給料はどうか、メリットとデメリットは?



転職した場合の仕事内容はどうなるのか、メリットとデメリットは?
今の仕事を続けた場合の仕事内容はどうか、メリットとデメリットは?



というように、表を使って短時間で迷っている要素をどんどん洗い出していきます。
カウンセリングだけでも、答えが見えてくる方がいらっしゃる程です。



次に、セラピーです。
潜在意識へアクセスし、「転職した場合の未来」と「今の仕事をつづけた場合の未来」を体験しにいきます。
潜在意識には過去生の記憶もあるし、未来の可能性への知識もあるので、ヒプノセラピーではこういった普段体験できないものを体験できるんですね。




実際にそうなった時に、自分がどのように感じているのかを実感することで、選びたい道が明確になります。



ディシジョンメイキングセラピーは、「暗示文セラピー」または「月1エステセラピー」でご体験が可能です。
ご希望がある場合は、お知らせくださいね。


雑誌『セラピスト』8月号に掲載されました

現在発売中の『セラピスト』2020年7月号に、掲載されました。

 

 



今月号から新たに始まった連載Therapist's essay 四季折々の第1回目に載せていただき、とても光栄に思っています。


ヒプノセラピーはスピリチュアルなものではないですが、前世療法は名前の通り、ちょっと不思議なところもあるセラピーです。
この時期になると思い出す、セラピストとして駆け出しだった頃のスピリチュアルな体験をエッセイにしています。


119ページをぜひご覧ください。

 

 

ヒプノセラピーサロンフェイス 藤井裕子

雑誌『セラピスト』6月号に掲載されました

現在発売中の『セラピスト』2020年6月号に、掲載されました。

 



『セラピスト』はセラピストの専門誌ですが、マッサージやアロマセラピーなど、様々な癒しにご興味がある方には魅力的な内容が盛りだくさんです。

 

今回は、ヒプノセラピーで免疫力をアップさせる方法をお伝えしています。

 

どうぞご覧ください。

 

ヒプノセラピーサロンフェイス 藤井裕子

HPをリニューアルしました

ヒプノセラピーサロンフェイス / スクールのホームページをリニューアルしました。

 

 

今までブログはアメブロで更新してきましたが、ヒプノセラピーのことやサロンでのセラピーのこと、スクールの講座のことなど、お仕事関係はこちらのホームページ内のブログで更新してまいります。

 

ホームページ内のコンテンツも充実させていきますので、どうぞ遊びに来てくださいね。

 

パソコンやネット、機器関係は大の苦手ですが、ホームページを自分で作り始めて何代目かになる今回は、少しは上達したかな…笑 頑張ったので、周遊していただけると嬉しいです。

 

落ち着かない日々が続いていますが、皆さまが心穏やかに過ごせますように。

 

ヒプノセラピーサロンフェイス 藤井裕子